アニメ映画『屍者の帝国』/ここは死者が蘇り、生者に服従する世界……

スコア:456/999

屍者の帝国出典:東宝
『屍者の帝国』


【あらすじ】

蘇生技術が発達し、屍者を自我のない労働力として利用する事が可能になった世界で、医学生のワトソンは自らが蘇生させた親友フライデーの自我の呼び戻しをも試みるが、それらの行為は違法であり、逮捕されてしまう。


【作品情報】

公開:2015年10月2日(日本)/上映時間:120分/ジャンル:アニメ/サブジャンル:SFアニメ/映倫区分:全年齢/製作国:日本/言語:日本語


【スタッフ】

(監督) 牧原亮太郎/(脚本)瀬古浩司,後藤みどり,山本幸治/(音楽)池頼広/(主題歌) EGOIST『Door』/(原作)伊藤計劃,円城塔『屍者の帝国』


【キャスト】

細谷佳正/村瀬歩/楠大典/花澤香菜/山下大輝/三木眞一郎/斉藤次郎/石井康嗣/桑島法子/武田幸史/高杉義充/大塚明夫/菅生隆之/二又一成


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ポイントレビュー


■ややこしい設定なのは承知の上とはいえ……

猿渡 りん子
猿渡 りん子
アニメ担当
ポイント:157/333|評価:BAD

登場人物の氏名からも分かると思いますが、『シャーロック・ホームズ』と『フランケンシュタイン』の世界観を足して3で割って、近代SFとして新たな物語を紡ぎだしたという構成になっています。

ストーリー自体はオリジナルなので、同2作品の題名と登場人物名ぐらいは聞いたことがある方なら、本作の独特の世界観にすんなり入っていけるかと……なんて書き出しで行けそうだなと油断して見ていたら、ところがどっこい大間違いでした。

SFアニメは概してややこしい設定になりがちなジャンルなので、ある程度覚悟は決めていたのですが、生者と屍者、国と国、歴史背景、上記に作品との間接的なリンク、などなど。あっちからもこっちからも様々な要素が複雑にストーリーに絡まってくるので、頭がこんがらがってしまいました。普段、SFアニメを見ない方と比べれば、こういった作品には慣れている方だと思っていたのですがね。とんだ勘違いでした。反省です。

話の筋は頭の中で一応繋がりはしたんですが、その作業に付きっきりになってしまったので、作品としてもっとも大事なメッセージみたいなものを見落としたような視聴後感になってしまいましたね。たぶん、2回見たり、原作小説を読んでみたりすれば、また感想も変わるのでしょうが、しばらくは別のわかりやすいSFアニメに逃避したいところです。

掘り下げて見れば深さがありそうなだけに、気軽な気持ちでは見られない作品ですね。声優陣が豪華なので、それ目的で楽な気持ちで見るのはアリだと思います。


■有名キャラクターを本作に引用する必然性がない

山守 秀久
山守 秀久
ドキュメンタリー担当
ポイント:109/333|評価:BAD

歴史的名作である『フランケンシュタイン』と『シャーロック・ホームズ』の登場人物名とキャラクター性を引用することで、独自のストーリーを作り上げた点については評価したい気持ちもあるんですが、結末を見た限りでは、相当な数の登場人物達を視聴者にわかりやすく見分けて貰うために、この2つの名作から名前とキャラクターイメージを拝借したという印象になってしまいました。

これらの作品の設定を一部活用する必然性がこの物語にはないんです。むしろ返って邪魔になってしまっているような気さえしました。視聴者に対する丁寧なサービス精神はありがたいんですが、そこの部分の辻褄合わせに手間がかかってしまっているせいで、一つの作品として個性が宙ぶらりんになっています。また、話の焦点をどこに絞りたかったのかも不明瞭です。

全体的に映像は美しく、ストーリーについても前半はなかなか魅せてはくれたんですが、後半に入ってから尻すぼみに失速していく、策に溺れてしまった感じが非常にもったいない作品です。

『フランケンシュタイン』と『シャーロック・ホームズ』のエッセンスは塗さずに物語を展開した方が良かったんじゃないでしょうか?作品としてのテーマを途中で見失ってしまった感が否めません。


■是非とも再チャレンジして欲しい魅力的な設定

試文 書人
試文 書人
ホラー担当
ポイント:190/333|評価:GOOD

物にしても背景にしてもまず絵面が美しい。好みを選ばない美しい出来栄え。ただ、ブツブツが苦手な俺にはギリギリでアウトになる頭が痒くなるシーンがあって、そこだけは目を逸らさせて貰った。『ペンギン・ハイウェイ』のペンギン達の目玉ほどではないけどね。

さて、本作に登場する屍者達は、ゾンビ作品で言うところの「共存系ゾンビ」みたいなポジションだが、この位置付けで物語を進行していく場合、生きている人間側は悪者的な立ち位置になりがちだ。

ゾンビが当たり前にいる世界で、その存在をさほど恐れていないのであれば、今度は彼らが元人間だったことが当然に道徳上の問題として出てくるため、これは仕方ないと言えば仕方ない話ではある。

ただ本作は意外なことに屍者側にそこまで同情的に描かれていない。死者を蘇らせる行為の是非の道徳上の問題の方が重要視されている。主人公達が追いかけているザ・ワンこと『フランケンシュタイン』の方が悪者設定なぐらいだ。

その設定が面白いかは別にすれば、これはこの手の広義のゾンビ映画としては、実に珍しい。その新しい挑戦については賞賛に値する作品だと思う。

しかしながら、設定以外の部分をあれこれと欲張り過ぎたあまりに、どこかで見たことがあるSF作品のプロットの寄せ集めのような展開になってしまっている。一つ一つを区切って見る限りにおいては、工夫が感じられるのだが、物語を通してのそれぞれの繋がりがやや尻切れとんぼになっている印象を受けた。

それゆれに、点はでなく、線で物語を捉えた時にかなり違和感のある作品になってしまっている。設定とそれ包み込む雰囲気の良さが際立っていた映画だっただけに、そこの部分を何とかして欲しかったなという脱力感はあった。再チャレンジ求む。


メインレビュー

ネタバレありの感想と解説を読む

最後の最後までフランケンシュタインやシャーロック・ホームズが足かせに

山守 秀久
山守 秀久
メインレビュアー
ドキュメンタリー担当/最低評価

忌憚なき意見を言わせて頂ければ、『フランケンシュタイン』や『シャーロック・ホームズ』のキャラクター性は本作には不必要だったと思います。

原作小説がある以上、改変しようがない部分なのは分かりますが、客観的に見ればこの2作品のキャラクターをオリジナルのものに変えたところで、原作ファン以外は何も引っかかるものはなかったとのではないでしょうか?

原作版はこれに追加して『ヴァン・ヘルシング』まで出ているらしいです。私が確認した限り、映画版には登場していないのですが、この処理が正解です。上記の2作品とかなり知名度とクセが違う主人公ですので。

このついでに他の名作小説の登場人物や実在の人物の登場も取りやめてくれれば、もっと素直に観賞することが出来たと思います。

オールスター夢の共演という言葉は大好きですが、それは演じている役者さんや声優さんの話で、登場人物の名前の話ではありません。別に他作のキャラクターや歴史上の人物が全く無関係の話に登場すること自体は悪くないんです。

ただ、本作はそれぞれが大元の作品とは似つかない完全なる別人です。ほとんど名前を借りているだけ……同性同名なだけの全くのオリジナルキャラクターが登場している作品になってしまっています。

『名探偵コナン』のコナン君が『ルパン三世』のルパン一味と戦おうが、織田信長が美少女になろうが、高校生になろうが、最低限の人物背景を捉えているのであれば問題ありません。むしろ楽しめるとすら思います。

ですが、本作は違います。数々の名キャラクター達を複雑なストーリーを補足するために、便利に使っているだけのように見えてしまうんです。いささか古さはありますが、誰もが知るキャラクターのバックボーンは何となくイメージが伝わるので、掘り下げて描く必要がありませんので……

以上の理由から、私が本作を見た第一印象は、大いに芳しくありませんでした。YouTubeで好きなアーティストの新曲の公式PVを見つけたと思ってクリックしたら、何処の誰だかわからない人のカバーを聞かされたのと同じ気持ちです。

しかしながら、バツが悪いことにそれらの不満点を抜きにしてみれば、なかなかどうして伏線段階では見事な世界観なんです。前半は主人公のワトソンの葛藤と行動にも整合性がありましたし、スペクタクルSFアニメとしては十分過ぎるぐらいの映像美を見せてくれました。

さぁここから伏線回収だというシーンになった頃には、ひょっとしたらこの映画は化けるかもしれないと思ったほどです。

でも、残念なことにそれはありませんでした。名キャラクターの利便性を活用したことが、この辺りから足かせになって、話があさってな方向に向かっていきます。具体的にはワトソン達が来日した辺りからでしょうか。

ここからは、もうラストに向けての伏線のお掃除に必死という展開です。映像が美しいので、アクション場面は見られなくはないんですが、これまでの情緒的なムードを作中の爆発音と共に吹き飛ばすかの如く長い尺を取っています。

そのため、人物描写がどんどん希薄化していきます。結果的に作中で唯一思考回路が安定していたのは、ラスボス的な存在であるザ・ワン(フランケンシュタイン)ぐらいのものです。

彼の一番の目的を知った後に物語を振り返って考察してしまうと、本作は単に嫁さんが欲しかったオッサンの話に見えてしまいそうなので、彼の話題はこれぐらいにしておきたいのですが、あえて言いますと、何ならザ・ワンの完全勝利で映画を終わらせた方が良かったぐらいです。

実際、結末まで全くキャラ崩壊しなかったのは彼ぐらいのものです。主人公のワトソンなんて酷いです、急に女好き設定が噴出してきます。さらに残念なことに私が本稿で繰り返し申し上げている名キャラクター登場による足かせの問題がエンドロール後まで尾を引きます。

これを見て、「あぁなるほど、それでその名前なんだ」と思う方がホームズもフランケンシュタインも知らない方以外にいるんでしょうか?といいますか、冷静に考えると知らない方の方が弊害が多いラストシーンです。本作があの名キャラクターたちの前日譚だと、頭の片隅に刷り込まれてしまうわけですから……

いやはや、本作品よろしく、私のレビューも最後は駆け足で冒頭意見の伏線回収をしてしまう運びになってしまいましたが、余計な伏線は引かないに越したことはないんだなと、身に染みて感じさせてくれたという意味では、勉強になる映画だったのかもしれません。

本作の名台詞

悲しみや苦しみがあるからこそ 喜びを感じるのでしょう?

出典:屍者の帝国/VOD版

役名:ハダリー・リリス
演:花澤香菜