洋画『アメリカン・ユートピア』/現実と理想の狭間にある理想郷を名監督スパイク・リーと名音楽家デヴィット・バーンが謳う

スコア:496/999

アメリカン・ユートピア出典: HBOユニバーサル・ピクチャーズ
『アメリカン・ユートピア』


【あらすじ】

デヴィット・バーンの『アメリカン・ユートピア』が原案のブロードウェイショーを、スパイク・リーがリーブートしたミュージカル作品。コロナ過により再演が叶わなかった伝説のショーが映画館をステージに開幕する。


【作品情報】

公開:2021年5月28日(日本)/上映時間:105分/ジャンル:ミュージカル/サブジャンル:社会派映画/映倫区分:全年齢/製作国:アメリカ/言語:英語


【スタッフ】

(監督)スパイク・リー/(振付)アニー・B・パーソン


【キャスト】

デヴィッド・バーン/ジャクリーン・アセベド/グスタボ・ディ・ダルバ/ダニエル・フリードマン/クリス・ジャルモ/テンダイ・クンバ/ティム・ケイパー/カール・マンスフィールド/アンジー・スワン/ボビー・ウーテン3世/マウロ・レフォスコ/ステファン・サンフアン


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ポイントレビュー


■出来ることなら劇場で生で観てみたかったなぁ……

橘 律
橘 律
ミュージカル担当
ポイント:235/333|評価:GOOD

骨太な半独白型社会派ミュージカル!!

アメリカにおける歴史や様々な社会問題をテーマに展開される本格的なミュージカル映画です……と言いたいところですが、通常イメージされているミュージカル映画とは一線を画した作品構造になっています。

内容はやや前衛的で、そこそこ哲学的で、かなり社会的です。ストーリー的なものを期待して見ると肩すかしを食らうと思いますが、このスタイルはこのスタイルでミュージカルとしては確立されているジャンルなので、見慣れている私には違和感はありませんでした。

歌詞に分かり易いメッセージ性が込められていて、そしてその歌声が聞き取りやすい点は特筆に値します。終盤にかけての盛り上がりも圧巻でした。

……と、本当はスッキリとお決まりの感想で終わらせたいところなんですが、正直、ミュージカル作品が好きな人でも好き嫌いがハッキリ別れる作品だと思います。本作を観て「つまらなかった」「良くわからなかった」という方に対して、「キミ、分かってないなぁ」なんてドヤ顔で解説するヤツが出て来そうなミュージカルなのは否めません。

でも、安心して下さい。そんなこというヤツがおそらく一番この映画のことを分かってないですから。


■ミュージカルが苦手な私の中でもさらに苦手な部類

近道 通
近道 通
オールジャンル担当
ポイント:111/333|評価:BAD

『TED』(クマのぬいぐるみの下ネタ映画じゃなくて、講演者が観客にプレゼンテーションをする番組の方)のスピーチの合間にミュージカルを入れてみたら、こんな感じに仕上がりましたって作品です。そんな感想が出ては消え、出ては消え、結局最後までその印象が残ったまま映画を観終わりました。

そんでもって、MCが途中で入るミュージシャンのコンサートビデオと何が違うの?とも思いましたね。面白さの点では尻上がりに良くなっていきましたけど、それはライブコンサートでも同じでしょうからね。特段これを映画作品として世に出す意味は、コロナ過でショーとしてやるのが難しかったから意外には、私には思い当りませんでした。

作品の背景にある社会問題の部分を度外視して、純粋にミュージカル映画として評価するなら、私には全く合わない作品でした。でも、作品として「人間の多様性を認めよう」ということを主張しているわけですから、こういう感想があってもいいんじゃないでしょうか。

元々ミュージカル映画が苦手なこともありますが、その中でもさらに苦手な部類の作品でしたね。


■娯楽作品として最後まで見るのは少し厳しかった

山守 秀久
山守 秀久
ドキュメンタリー担当
ポイント:150/333|評価:BAD

ミクロな視点からマクロな視点までをうまく繋いでいる作品だとは思いますが、比較的同じようなテーマの歌が続き、マーチングにもこれと言って私には特別な変化が感じられなかったので、終盤近くまでは冗長に感じられました。

主演のデヴィット・バーンのジョーク交じりのトークが時々笑えるので、あくびが出るほどではありませんでしたが、一番伝えたいことに辿りつくまでのバックボーンの下りが長過ぎでるような気が私はしました。

ミュージカルの中に実在の事件や社会問題が出て来ますが、一方的な情報しか与えらず、かつ扇動するような切り出し方なので、ミュージカルの娯楽性を良い方向に生かしていたとは言い切れないところがあります。

様々な事情があるとはいえ、娯楽作品として最後まで見るのは少し厳しかったですね。ただ、「こういう切り口もあるよ」というミュージカルの一事例として見るには悪くはないと思います。もっとも大切にしなければならない音楽性の面でも、文句の付け所は特に見当たりませんでしたし、撮影現場である劇場の熱狂したライブ感ありましたし……

少なくとも最終的に言いたかったことは伝わってきた作品でした。


メインレビュー

ネタバレありの感想と解説を読む

皆にとってのユートピアなんてありえないのが悲しいところ

近道 通
近道 通
メインレビュアー
ミュージカル担当/最低評価

こういうデリケートな題材がメインテーマである作品のメインレビューは、出来れば書きたくなかったなというのが本音です。最高評価を下している場合だと別に良いんですけど、最低評価で代表して書くわけですからね。

高評価した場合であっても大地雷原を歩くようなものなのに、今回は最低評価での感想……その数センチほどしか安全地帯のない地雷原を、素足で蛇行しながら前に進むようなもんです。

しかしながら、こんなことを意識していては卑怯以外の何者でもないですし、作品を作った方々にも失礼です。ここは勇気をもって、忌憚のない感想を書かせて頂くこととしましょう。

本作は結論としてBLM(ブラック・ライヴズ・マター)に端を発した作品であることは明らかです。途中で様々な社会的問題が語られてはいましたが、終着駅としてはここを目指していました。なので、私はこの駅が近づいて来るまでは、列車内から窓の景色をぼんやり眺めているような気分になってしまいました。

序盤の人間の脳の話あたりですでに「結局何が言いたいんだい?」という疑問符が残り続けます。その後に語られるアメリカの歴史や文化、社会の話にしても、今更説明される必要のないような話を、情緒たっぷりの台詞にしたり、歌にしたりして観客に訴えかけます。

それが楽しいものだったり、感動出来るものならば何の問題もないんですが、友人達一緒に食事を楽しんでいる席に急に赤の他人が入ってきて、身の上話をされるようなアプローチをされるので、話半分に聞くことしか私には出来ませんでした。

特に具体例に挙げた導入の「脳の話」は印象的で、何かしら(人間と言う存在の根本を定義するとか)の狙いはあったのでしょうが、わたしには全くちんぷんかんぷんな演出で、自分の知的芸術的な理解力の乏しさを嘆いたほどです。分かるひとには分かるんでしょうけど、私には意図が分からなかったんですから、仕方がありません。

私は基本的に冷たい人間なんだと思います。本作がもっとも重きを置いているBLM的な人種問題についても、強く同情はしますが、共感は出来ないのです。なぜなら私は彼らと全く同じ状況で生きているわけではないから……

昔はとある人に「人の痛みは人にはわからない」と至極当然のことを言われて、衝撃を受けたことがあった程度には、ウブな人間ではあったのですが、これは悲しいかな限りなく真実に近いこと事実だと思います。

だから、日本に住む私には酷い差別をされている有色人種の方々の苦しみはわかりませんし、わかるなんて口が裂けても言えません。苦しんでいるという事実をわかっている、知っているだけです。

確かに大変な問題で、解決に向けて人間の英知を見せるべきところまで時代が来ているとは感じますが、そこに私が共感できる余地というのはなくて、さぞかし辛いだろうなと思うことしかできない。また、アメリカに住む友人が何か差別を受けたなどのよっぽどの理由がない限り「皆がこの問題に立ち上がるべき」という考えにも至ることもないと思います。

私のことで皆が立ち上がってくれることがないことは、幼いころから痛い程理解していますから、その部分はもう思想として生き方として「自分が戦う気になったら」としか言えないんです。

本作自体は、ここまで私が述べたような「これは皆の問題だよ」という主張をしている作品ではないのですが、作中で示された表現や歌や構成で、私がこうした問題について、何かスタンスを変えるほどの力はありませんでした。

思想色の強い歌があって、マーチングがあって、語りがあって、徹底されているテーマは徐々に分かっては来るのですが、音楽大好き人間でもない限りは、それぞれの娯楽性が弱いというか、ユーモアを意図的に弱めている感じなので、私のようなエンタメ好きの人間には相性がとても悪かったように思います。

これは良く言えば、生真面目で正統派な作品と言えなくもないので、お好きな方は大好きな作品なのかもしれません。知的好奇心を新たな角度から満たされたという方もいるでしょう。

ただ、本作がいくら崇高な主張が掲げられて社会派作品だったとしても、私の感想としては、あんまりどころではなく、この作品に映画としての面白さを感じることは出来ませんでした。私の感想は私の感想として尊重して頂ければと思います。こうした人それぞれの感想は以上になりますが、視聴済みの方のために最後に補足情報を……

本作終盤で『HELL YOU TALMBOUT』の歌に乗せて差別によって亡くなられた人々の名を挙げるシーンがありますが、彼らがどのようにして、命を奪われてしまったのかの概要を登場順に掲示しておきたいと思います。被害者名だけ挙げられても、日本人にそれこそ作中にあった“一体 何を言っているんだ”になってしまいますので……

エリック・ガーナー(1970年9月15日~2014年7月17日)
ニューヨーク市で起きた『エリック・ガーナー窒息死事件』の被害者。ニューヨーク市警では拘束などの際に「絞め技禁止」の指針があったが、エリックは締め技が原因で死亡した。煙草密売の疑いで逮捕に来た警察に軽い抵抗をしたことが事件のきっかけだったと言われている。なお、エリックには過去に30回以上の逮捕歴があった。彼を拘束した警察官は刑事訴追されなかったが、遺族は民事訴訟を起こし590万ドルの賠償金で示談をしている。

トレイヴォン・マーティン(1995年2月5日~2012年2月26日)
フロリダ州のサンフォードの『トレイヴォン・マーティン射殺事件』の被害者で、口論の末にジョージ・ジマーマンによって射殺された。ジョージは犯罪の多い区域に住む住人達によって組織された自警団の団員であり、コーディネータ―にも選ばれていた。彼は犯罪者への恐れから、(個人的に)怪しいと思える人物を射殺事件までの間に頻繁に通報していた。トレイヴォンは、偶然彼に「怪しい」と見かけられただけの不運な被害者であった。

ボサム・ジャン(1991年9月29日~2018年9月6日)
ボサム・ジャンは、テキサス州ダラスで一階下にある自分の部屋と間違えて入室した女性警官アンバー・ガイガーによって侵入者と誤認されて射殺された。本当の侵入者はアンバー自身であった。なお、アンバーはこの事件で禁固10年以上の量刑を言い渡され、被害者であるボサムの弟は判事の許可を得て、法廷内で加害者のアンバーと一定の和解を示すようなハグをしている。

フレディ・グレイ(1989年8月16日~2015年4月19日)
メリーランド州ボルティモアで警察に拘束されたフレディは、シートベルトを締めずに体を安全に固定されぬまま護送された結果、脊髄を損傷した。それが原因で死亡したとされたフレディだったが、事件に関わった警官6人全員(白人3人黒人3人)が無罪を言い渡されている。

アタチアナ・ジェファスン(1990年11月28日~2019年10月12日)
テキサス州フォートワース市で8歳の甥と家でテレビゲームをして遊んで過ごしていたが、ジェファスンさん宅の玄関が開きっぱなしになっていたことを気にかけた隣人の男性が、緊急時以外(緊急時は通常911をダイヤルする)の窓口に電話をした。その結果、彼女は現場を訪れた警官アーロン・ディーンによって何の警告もせずに、人影だけしかわからない窓越しの状況から撃たれて死亡した。警察に連絡したジェイムズ・スミスは、後に警察に電話をしてしまったことへの後悔と同時に警察に対する不信感をコメントしている。

サンドラ・ブランド(1987年2月7日~2015年7月13日)
自らの母校であり、新たな職場でもあるテキサス州ヒューストン近郊の大学へ車で向かったサンドラは、車線変更のウインカーを出さなかったことで警察に停車を求められ、口論となった後、車から降りると地面に押さえつけられた。彼女は公務員への暴行の疑いで逮捕拘留されたが、拘留から3日後留置施設で死亡した状態で発見された。

ショーン・ベル(1983年5月18日~2006年11月25日)
ショーン・ベルはニューヨーク州クイーンズで50発もの銃弾を受けて3人の警官によって射殺された、彼は結婚を控えたバチェラー・パーティーの主役で、ストリップクラブ(アメリカではごく普通のイベント)で楽しんだ後、車に乗り込もうとした際に起きた惨劇であった。彼は友人2名と同行しており、その内の1人が「銃を持っている」と警官が通報したことが事件の契機となった。ショーンは彼らが私服警官であったため、襲撃されたと思ったのか、自らが運転する車で警官ひとりをはねているが、銃撃の結果、病院に搬送中に死亡。同行の友人は1名が重体、1名が重症という痛ましい事件だった。

マリエル・フランコ(1979年7月27日~2018年3月14日)
ブラジル、リオデジャネイロ市議会議員でバイセクシャルであることを公表していた。フェミニストで人権派の議員として広く知られていた彼女あったが、円卓会議を終えて車に乗り込む際に、運転手と共に射殺された。なお、彼女は死の前日にリオデジャネイロ警察を批判する投稿をTwitterで行っていた。暗殺だった可能性が高いと言われている。

エメット・ティル(1941年7月25日~1955年8月28日)
被害者エメットは、加害者であるロイ・ブライアントの妻である白人女性キャロライン・ブライアントに対して口笛を吹いたと因縁をつけられ、凄惨なリンチを受け、目玉を一つえぐり出されるなどした後に射殺された。彼の母は、その理不尽な行為と残虐性を世間に周知させるために、彼の顔があえて見えるように棺を開いたまま葬儀をした。公民権運動の原動力になった事件の被害者としても著名な人物である。

トミー・ヤンシー(1981年11月14日~2014年5月12日)
カルフォルニア・ハイウェイ・パトロールにナンバープレートが車の前部に取り付けられていないという理由で車外で手錠をかけられ、5人の警官に押し付けられたため、舌骨が折れ(首への圧力が強いと折れやすい性質を持つ)死亡したと言われている。トミーは様々な褒賞を受けた優秀な元軍人であった。

ジョーダン・ベイカー(1987年2月5日~2014年1月16日)
ショッピングモールに訪れていた際、警官に殺されてしまう。その警官はその日は非番であった。

アマンドゥ・ディアロ(1975年9月2日~1999年2月4日
ニューヨーク市警の4人の白人警官から指名手配中の連続強姦犯に似ているという理由で呼び止められ、非武装であったのにも関わらず、銃撃を受けて死亡した。彼の体には41発もの銃弾が撃ち込まれた。警官らは彼に身体検査をするから、絶対に動かないようにと警告したが、彼がポケットに手を入れたため、やむなく銃撃したのだという。射撃後に彼のポケットを調べたが中には財布しか入っていなかった。この事件で白人警官は全員無罪になったが、デモや抗議活動などの余波は広がった。

こう調べた上で改めて見てみると、この『HELL YOU TALMBOUT』のパートに関しては胸に刺さるモノがありますね。彼らの名前と差別的な事件が結びついた今なら、このパートだけはいつの日かもう一度見たくなるような気がしました。

本作の名台詞

感謝します  家から出てここにいらしたことを

出典:アメリカン・ユートピア/VOD版

役名:デビッド・バーン
演:デビッド・バーン